かつての私のように、「話を聞いてくれる人がいない」「相談に乗ってくれる人がいない」と悩んでいる方もいらっしゃるのでは、と思い書いてみました。
私の体験談ですが、何かしらのヒントになれたら嬉しいです。
話を聞いてくれない人 ≠ 冷たい人
以前、とあるうつ病経験者のブログを見つけました。心が軽くなるヒントなどもたくさん載っていて、ブログのコメント欄にも感謝の言葉がズラリと並んでいました。
ところが管理人さんは、コメントの返信やSNSなどでの個人的なやりとりは一切していません。ブログのお問い合わせフォームにも「人生相談などは行っていません」と明記されています。
一見冷たい対応のようですが、そうではないと思うのです。
私は友人に対しても、自分から簡単に「いつでも相談してよ」とか「いつでも話聞くよ」とは口にしないことにしています。
自身が辛い経験をすればするほど「人の力になりたい」という気持ちは膨れていくのですが、人の相談にのるというのはそれなりの覚悟がいると思うのです。
だから、自分の願望だけで動かないようにしています。
話を聞いてくれる人 ≠ 温かい人
私が高校生のとき、とある定時制高校の先生がメディアで話題になっていました。
深夜の繁華街のパトロールを通して非行防止に取り組んでいて、全国各地からのメール相談にも全て返信しているという方でした。著書の中にも、先生のメールアドレスが記載されていました。
当時、人間関係に悩み死ぬことばかり考えていた私は、思いきって先生にメールを送ってみることにしました。全て返信しているということは、自分にもきっと返信してくれるのではと。
しばらく経って、先生から返信きました。
「自分にも返信をしてくれた!」と、とても嬉しく救われた気持ちになったのを覚えています。
しかし、急いでメールを開いてみると、「学校を辞めて、働けばいいんだよ」とだけポツンと書かれていました。
先生もきっと忙しいのだろうな、と思いました。ただただ、こんな自分にもメールの返信をくれたことをありがたく思いました。
先生の言う通りにすればきっと助かる、先生ならきっと自分のことを救ってくれる。
それからしばらくして、私は高校を中退しました。もちろん先生がそういったからというだけでなく、自分で考えた結果ですが。
しかし私が通っていた高校は、当時地元で悪評の絶えない学校でした。その学校をさらには中退ともなると、当然就職先は見当たりません。アルバイトの応募をしても、面接さえもたどり着くことができないような状態でした。
私はまた、先生にメールでその後の報告をし、将来について相談してみることにしました。
しかし、それから数日経っても、さらには数週間経っても返信はありませんでした。それから何度かメールをしてみましたが、その後返信がくることはありませんでした。
今となっては、先生にも先生なりの事情があったのだろうと思います。
しかし、当時追い詰められていた私にとっては「見捨てられた」「裏切られた」という思いばかりで、絶望感でいっぱいだったのを今でも鮮明に覚えています。
どうせ見捨てるのであれば最初から相談なんて受けつけないでくれ、と心底恨みました。
どうせ「全員に返信した」というメディア向けの事実さえあればいいのだろう、と。
相談に乗ってくれる人がいない ≠ ひとりぼっち
それから私は、悩んでいそうな人がいて「助けたい」「力になりたい」と思っても、自分の心に本当にゆとりがあるとき以外は自分から首を突っ込まないようにしています。
相談相手がいるという一時の喜びよりも、その後中途半端になってしまったときの絶望の方が大きいと思うから。
何が言いたいかというと、「いつでも何でも相談に乗ってくれる人が優しい人で、相談に乗ってくれない人は冷たい人」というわけでは必ずしもないということです。
相談に乗ってくれなくて冷たく見えるような人でも、遠くから心配したり見守ってくれている人はいると思うのです。
ひとりぼっちだと思っていても、もしかしたら今は目に見えてないだけなのかもしれません。
先生は先生の人生、私は私の人生、そして今読んでくださっているあなたも、あなたの人生を精一杯生きています。
きっと幸せそうに見えるような人でも、それぞれ色々な事情や思いを抱えて生きていると思うのです。
だから話を聞いてくれないからといってあなたのことが嫌いなわけでは決してなく、もしかしたら周りにいる方々も今はたまたま自分の人生を生きるので精一杯なときなのかもしれませんね。
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