これまで『嫌われる勇気 - 自己啓発の源流「アドラー」の教え』についての記事を何度か書いてきましたが、今回は私自身が特にタメになったと思う部分を3つまとめてみました。
「嫌われる勇気」から学んだこと・感想
1.「なぜ自分のことが嫌いなのか」
なぜ自分のことが嫌いなのかについて、「嫌われる勇気」の登場人物である『哲人』は、こう説明しています。
なぜあなたは自分が嫌いなのか?なぜ短所ばかり見つめ、自分を好きにならないでおこうとしているのか?
それはあなたが他者から嫌われ、対人関係のなかで傷つくことを過剰に怖れているからなのです。
あなたは他者から否定されることを怖れている。誰かから小馬鹿にされ、拒絶され、心に深い傷を負うことを怖れている。そんな事態に巻き込まれるくらいなら、最初から誰とも関わりを持たないほうがましだと思っている。
つまり、あなたの「目的」は、「他者との関係のなかで傷つかないこと」なのです。
私はこれを読んだとき、ズバーンと心を撃ち抜かれました。ここ数年の自分を振り返ってみたところ、「今は仕事で大事な時期だから」なんて自ら誰かと関わることを控えていたことに気づいたのです。
しかしながら哲人の言うように、本当の目的は他者との関係のなかで傷つかないことだったのかもしれません。
最初から勝負しなければ負けることはない、みたいな。
こういう『自分の本当の気持ち』って他人から指摘されると若干イラッとするのですが、こちらはもうグウの音も出ませんでした。
2.「人は怒りを捏造する」
次は「人は怒りを捏造する」について。
登場人物の『青年』が喫茶店でウェイターにコーヒーをかけられてしまい大声で怒鳴ってしまったのだそうですが、その話を聞いた『哲人』が
「それって怒ったから大声出したんじゃなくて、大声出したかったから怒ったんじゃない?」
みたいにズバズバ核心をついてくるわけです。
この部分を読んだときに、これまさに私自身のことだわ、私のために書かれた本ですわ、と思いました。
つまり、青年には「大声を出す」という目的が先にあって、その手段として怒りという感情を捏造したという耳の痛いお話でした。
これをアドラー心理学では、目的論といいます。
例えばここに、ひきこもりの人がいるとします。一般的に「ひきこもり」と聞くと
不安だから、外に出られない
のだろうと感じますし、本人もそう感じているかと思います。
しかし、アドラー心理学ではこれを
外に出たくないから、不安な感情をつくり出している
と考えます。
つまり「外に出ない」という目的が先にあり、その目的を果たす手段として「不安」という感情を生み出しているという考え方です。
この目的論をもとに、アドラー心理学ではトラウマを明確に否定しています。
アドラーは、トラウマについての議論の中でこう語っています。
われわれは自分の経験による自分の経験によるショック ―いわゆるトラウマ― に苦しむのではなく、経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである。
つまり、「出来事そのもの」ではなく「その出来事にどのような意味づけをするか」により、自分自身がどうあるかを選択しているということです。
最初「嫌われる勇気」でこの目的論やトラウマについての部分を読んだときは、それこそ「なにぬかしとるんじゃコラー!」という気分でしたが、数年たった今読み返してみたら意外とスッと心に入ってきました。
また、「何もかもうまくいかない」ってときありますよね。何か1つ失敗して、それが引き金となってどんどん失敗が連鎖していくようなとき。
例えば仕事でミスをして落ち込んでいるときに、さらに恋人とケンカしてさらに落ち込み、憂うつな気持ちで仕事してまたミスを繰り返す…、というようなことが私はよくありました。
もうこれだけ嫌なことが続くと、色々投げやりな感じになってきますよね!
もしかしたら、そんなときに同僚にトゲのあることを言ってしまったり、恋人とケンカ別れしてしまったなんていう方もいるかもしれません(過去の私のように)。
ただ、今振り返って考えてみると、そういうときって「自分がやりたくないことをしているとき」が多かった気がします。
例えば、中高生時代のテスト前日とか。無意識のうちに自ら家族にケンカをふっかけておいて、「あ~せっかくがんばってたのに、やる気なくしたわ!」と自分に言い訳をしてふて寝する、なんてことがありました。
これって結局、無意識のうちに「やらなくてもよくなる状況」「できなくても言い訳できる状況」になるよう自ら仕向けてたんですよね。
大人になってからの「何もかもうまくいかない時期」も、振り返ってみたら一つひとつは大したことじゃなかったりするんです。
ケンカやトラブルのきっかけだって、最初は些細なことだったりします。
普段なら回避できたはずなのに、無意識のうちに「今だ!」と狙いを定めて自ら沼にハマりに行ったこともあるかなと。
「何もかもうまくいかない」というときは、無理してあがくのではなく、一旦自分の心の声に耳を傾けてみるといいのかもしれんなぁと思います。
3.「劣等感は、主観的な思い込み」
アドラー心理学では、劣等感は主観的な思い込みであり劣等性ではないとしています。
例えば身長に関していうと、大柄で屈強な男性はそれだけで相手を威圧してしまうことがあるかもしれません。
でも、小柄であれば初対面の相手でも警戒心を解いてくれる。
身長が低かったとしても、低いなりのメリットがあるのです。
同じく身長が低い人でも、それをコンプレックスに感じる人もいれば全く感じない人もいます。
つまり、その身長について本人がどのような意味づけをするか、どのような価値を与えるのかで変わってくるのです。
自分自身、落ち込みやすい性格や身長などの身体的特徴にコンプレックスを感じてきましたので(そこまでちっちゃくないよ!)、とてもいい学びになりました。
また、自分から見て「この人すごいなー」と思うような人も、実は一種のコンプレックスを持っているのかもしれないと思うようになりました。
アドラー心理学では、あたかも自分が優れているかのように振る舞い、偽りの優越感に浸る心理状態のことを『優越性コンプレックス』と呼んでいます。
Facebookなどでいわゆるキラキラ投稿を連投している人、10本の指全部にメリケンサックのごとくゴージャスな指輪をはめている人なども、もしかしたらこうしたコンプレックスを持っているのかもしれません。
上記のようなコンプレックスは、他者との比較や競争の中から生まれますが、嫌われる勇気の中では、
健全な劣等感とは、他者との比較のなかで生まれるものではなく、「理想の自分」との比較から生まれるものです。
と説明しています。
競争や勝ち負けのメガネを外し、他人と関係なく「理想の自分」を思い描いていきたいですね。
「嫌われる勇気」とイチローの共通点
10年ほど前に読んだ『イチロー思考―孤高を貫き、成功をつかむ77の工夫』という本を読み返していたのですが、興味深いことに気がつきました。
イチロー選手の言葉が紹介されている本なのですが、アドラー心理学の考え方にピッタリ当てはまるものが多かったのです。
ちなみに2004年に出版された本なので、アドラー心理学が日本で話題になる前のものです。
こちらは、イチロー選手が高校2年生のときに交通事故に遭い、1か月半松葉杖の生活を余儀なくされたときのことを振り返った言葉です。
「交通事故さえなければ、きっとピッチャーを目指していたと思います。
でも、事故のおかげで速い球が投げられなくなった。
結果的に打者としてプロを目指すきっかけをつくってくれたのは、この交通事故なんですね。」
まさにアドラー心理学の『本人がどのような意味づけをするか、どのような価値を与えるのか』が大切だという考え方を学んだところだったので、「なるほどこういうことかー!」と感動してしまいました。
もし自分がイチロー選手だったら、不調が続いているときの言い訳に使っちゃうかもなぁ…「あのとき事故さえ遭っていなければ」みたいな。
「第三者の評価を意識した生き方はしたくない。
自分が納得した生き方をしたい。」
「これから僕がしたいことっていうのは、自分の理想を求めることなんです。
決して人が求める理想を求めない。人が笑ってほしいときに笑わない。自分が笑いたいから笑う。
カメラがこう向いているからといって、笑顔がほしいと言うからって、そんなことで僕は笑わない。」
カッコよすぎですね。惚れるかと思いました。
こちらのシビれる言葉を目にしたときは、「嫌われる勇気」の『「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない』という章を思い出しました。
他人に承認されることばかり考えていたら、誰の人生だか分かったもんじゃないですもんね。
「自分にとって、満足できるための基準は少なくともだれかに勝ったときではない。
自分が定めたものを達成したときに出てくるものです。」
こちらも『人生は他者との競争ではない』という章の内容に当てはまります。
誰と競争するわけでもなく、ただ前を向いて歩いていけばいいんですよね。車の運転中だって、横ばっかり気にしていたら事故しちゃいますし。
こうやって自分自身だけでなく、色んな人の言葉や行動と照らし合わせながら心理学を学んでみるのもなかなか面白いものですね。
「嫌われる勇気」 まとめ
フリーランスNoteというブログ名でありながら今まであまりノートっぽさがなかったのですが、こうしてまとめてみると若干ノートみたいですね。
同じ本でも人によって気づきや学びのポイントが異なると思いますので、ぜひ実際に読んでみてくださいね。
他にもアドラー心理学の本は色々と出版されていますが、「嫌われる勇気」は物語形式で進んでいくので普段読書しない人でも読みやすいかと思います。
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